生まれてからこの方、多くの移動を繰り返している。自然と移動の時期というのが数年おきにやってくる。

ICU大学を卒業した年の夏から、フランスの端っこアルザス地方の街、ストラスブールで暮らしている。途中半年間のベルリン滞在を挟みつつ、いつの間にかここでの生活はもう7年になる。ライン川を挟んでドイツに隣接するストラスブールは、ドイツまで自転車で15分(街のどこに住んでいるかによるけれど)、スイスまでも地方列車で1時間。ドイツになったりフランスになったり…という過去を持つこの地方は時にどっち付かずで、不思議な雰囲気がある(分かりやすく言えば、クロワッサンも売っているしプレッツェルも売っている)。

ストラスブールはフランスの地方都市の中では有名な方だけれど、東京からくると小ぢんまりとしていて小さい。 街全体の規模としては感覚的には吉祥寺くらい。どこにでも自転車で行けてしまうし、街を歩いていると同じ人や知人と一日に何度もすれ違う。自転車道がそれなりに整備されているので、最近は街を走るトラムの定期も買わなくなった。

アルザス地方にはコウノトリがたくさんいる。毎年春になるとアフリカかどこかから皆一斉に移動してきて、くちばしをカタカタと鳴らして求愛をし、あちこちに大きな巣を作り、その辺はコウノトリファミリーでいっぱいになる。昔からあるアルザスのおうちや教会にはコウノトリたちが巣を作るための骨格があらかじめついているものが多く、そういう所に皆立派な巣を作っている。ストラスブール市内は一昔前と比べると街が大分賑やかになってしまったせいか、残念ながらほとんど見かけない。街の中心の建物には空のままの巣の骨格がいつまでも寂しく残っており、昔はここにも巣を作っていたのだろうなあといつも思う。

ストラスブール近郊は一歩外に出ると村だらけだ。どの村もアルザス特有の木組み(コロンバージュ)の色とりどりのお家が立ち並び、とてもかわいい。どんなに小さな村でも、それぞれに、陶芸で有名な村、そこでしか買えないあるパンで有名な村、白いおうちしか建ててはいけない村、アルザスワインで有名な村、全ての家がたった一本の道に立ち並ぶ細長い村…等々各々特徴がありとても面白い。みんなちがってみんないい村々の特色は本当に豊かだ。

最近はとある村の音楽学校にてヴァイオリン/ヴィオラの講師として働き始めた。勤務先の音楽学校は、その名も「コウノトリの学校」。もともと全日制の小学校が廃校になった校舎をそのまま使っている。どう見てもドイツ語名なのにフランス語読みで発音するから誰もその名をきちんと聞き取れないその村は(アルザスにはそういう地名が多い)、アスパラガスで有名らしい。村のパン屋さんではアスパラ収穫のアルバイトを募集しているし、学校の目の前にはアスパラミュージアムなんてものもあり、気になっている。

私が教えている教室からは、あるコウノトリの巣が見える。村の家々より少し高いところに突き出た巣にいるコウノトリは、その凛とした立ち姿が美しい。こうのさんと名付けてレッスンの合間に見守っている。こうのさんは時に一羽、時に二羽になって巣を守っている。教室の窓の外を横切って食べ物を探しに行ったりもする。この地に来て7年、コウノトリは以前ほど珍しくもなくなったけれど、今でも見掛けるたびにラッキーな気持ちになる。

そんなアルザス地方での生活が今後も続いていくような気がしていたが、いつの頃からか移動の時期の香りがしてきた。はじめは無意識レベルだったものの、なんか香りがしてきたかも~と思った途端に、それは本当に具体的な形で次々と向こうからやってきた。とんとん拍子に事が進み、自分でもついていけないほどあっと言う間に、縁もゆかりもなかった大陸に移動をすることが決まってしまった。本当にあっという間に。

ここでの穏やかな生活を気に入っているだけに、楽しみな反面、正直とても寂しく心細い。でもきっと人生はそんなことの繰り返しなのだと思う。いつの間にか住み慣れたところを去る時がやってくる。根っこを伸ばしては根っこを引き抜き、きっとその中で形成されていくものがある。