北千住最高ライフ
喜屋武盛斗

一人暮らしをはじめよう。そう考えていた2021年のGW。どこに住もうか相談していた32期の友人(あえてここでは名前を伏せるが32期のみんなならわかるよね?)から、こんな提案を受けた。
「俺と賭けをして、俺が勝ったらキヤタケの一人暮らしする街を勝手に決める。キヤタケが勝ったら食洗機を買ってやるよ」
賭けの内容は私に有利なもので、そんなことで食洗機を買ってもらえるなら、とその賭けを受けることにした。賭けの期間は1年間、随分と長い。賭けの結果が出るまでに私は勝つ前提で勝手に住む街の選定を進めた。2021年の9月ごろ私は賭けの結果が出る前に北千住で一人暮らしを始めた。どうせ勝つのだ。先に一人暮らしを始めてプレッシャーを自分に与えるのも悪くない。
友人は笑いながら言った。「賭けの結果次第でもう一回引っ越すことになるけど大丈夫?」

北千住は最高の街だ。まず物価が安い。地元の総菜屋さんでは具沢山のお弁当が240円で売られているし、スーパーも都内の中だと比較的安い。また、駅前にはマルイ、ルミネもあるので買い物には困らない。
都内へのアクセスも良く、私鉄、JR合わせて5路線も乗り入れがある。東京駅へは20分、渋谷・新宿へも30分弱でアクセスできるため非常に便利である。
下町なので銭湯も多い。とても見事な日本庭園を備えた銭湯があるのだが、友人とそこでのんびりして、お風呂上がりはコーヒー牛乳を飲み、帰りは荒川の河川敷で夜風に当たりながら帰るというのが夏の過ごし方だった。
また、北千住はせんべろの町としても有名だ。昔ながらの少し汚い大衆居酒屋もあれば、雀荘を改装したネオンが光る若者向けのお洒落な居酒屋、カップルが行くような落ち着いた古民家風のお店もある。学生の時は通学に片道1時間半かかったので友達が楽しく飲んでいる中、自分だけ先に帰ることが多く寂しい思いをすることも多かった。だが、北千住では友人と終電を気にせず飲むことができ、それがとても楽しかった。

私は初めての一人暮らしということもあり、北千住ライフをとても楽しんでいた。北千住ライフ最高。友人とした賭けの期日も残り数週間となっていた。その時点では私は賭けに勝つ可能性はなく、友人もまた勝つ可能性は低い状況だった。この賭けは引き分けで終わるだろう。私はタカをくくっていた。
期日まで残り1週間。賭けをした友人から報告があるからリモート通話しようと連絡が入った。ついに友人も勝つ可能性がなくなり、この賭けが引き分けとなったことを伝えたいのだろう。私は気楽に通話に臨んだ。
「けっかはっぴょ〜〜う!」友人は嬉しげに言った。
「賭けは俺の勝ち!キヤタケは3ヶ月以内にここに引っ越しね!」
彼が指定した土地は千葉のとんでもない片田舎だった。

彼が暴走するのを制限するため、賭けで指定できる場所は通勤1時間以内と条件をつけていた。彼が指定してきた駅は乗り換えの待ち時間が長く、基本的に通勤1時間20分ほどかかる場所だったが、彼はYahoo!路線検索を駆使して、待ち時間が少なく奇跡的に1時間ちょうどで通勤できる1本を見つけていた(ちなみに1日の中で1時間で通勤できるのはその1本だけだった)。彼はこの駅は条件内に含まれると主張した。

その駅が条件に含まれるか否かは置いておいて、ひとまず引っ越しは確定した。賭けを甘く見ていた私はそこで事態の深刻さに気づいた。まず引っ越し費用。友人が指定した土地に長く住むつもりはないので、千葉に引っ越した後また都内に戻る必要があった。その時点で2回分引っ越し費用がかかる。既に北千住に引っ越すのにかなりお金を使っていたので、私にその費用はかなりの重荷だった。また、引っ越し先は都内へのアクセスが悪いため、友人と遊ぶ機会が確実に減ってしまう。賭けに負けた私が完全に悪いのだが、私は今から引っ越しは無理だと友人に告げた。

私と友人は口論になった。どうしても引っ越したくないと悪あがきする私と、賭けに負けたのだから絶対に約束を守れと引かない友人。その友人とは10年以上の付き合いでほぼ喧嘩したことはなかったが、ここまで険悪になったのは初めてだった。彼はその時海外にいたため、この喧嘩はリモートで行われていたが、リモートなのにここまで険悪な雰囲気が作れるのかというほど悪い空気が流れていた。彼は約束を守らないなら友人としての縁を切ると言った。私は引っ越しせざるをえなくなった。

私は絶望していた。せっかく楽しい生活を送れているのに、それを今さら手放したくない。しかし友人との関係も大切だ。賭けに合意したのは私だし、負けたのも私だ。しかもわざわざ賭けの時に共通の友人が立ち会い、賭け成立の証として二人で画面越しにグータッチしている写真まで撮影している。完全に私が悪い。

回答まで数週間の猶予をもらっていたので、実際に友人が指定していた町に行ってみた。駅前にはルミネやマルイはなかった。2時間くらいあたりを探索してみたが、居酒屋などもあまりなく、人気も少なかった。地図で確認した時は海辺の町だったので、綺麗な海を見られるのが救いだなと思っていたが、海岸は全て火力発電所になっており海に近づくことはできなかった。

引っ越しか友情か。私はかなり追い込まれていて、数週間全く仕事が手につかなかった。他の色々な友人と相談し、ちゃんと真摯に謝罪して許してもらおうということになった。火曜日の仕事終わり、22時過ぎに友人とリモート通話することになった。仕事は私服で出勤していたが、謝罪の気持ちを伝えるためスーツに着替えた。

「すみません、どうしても引っ越しは厳しいので許してください」
私は泣きながら土下座した。

すったもんだの末に、かろうじて私は許してもらえた。普段賭け事をしているわけではないが、今後二度と賭けはしないと、この時誓った。面倒な負債をかかえることになるからだ。
ご利用は計画的に、ユーセイローン

※この物語は事実を元にしたフィクションです