同じアーチェリー部だった山田英輝くんからバトンを受け取りました、32期の長谷川雄基です。人は生きていく中で本当に様々な経験と出会いに恵まれていくものだと思っています。このエッセイでは、僕の高校卒業後の経験や出会いについて簡単に書いていきたいと思っています。

“This Is My Story”

自分が最終的に「高卒」になることは、高校生の頃は想像もしなかったね…。
僕は大学へ進学したものの、それが自分には合っていないことだと遅れて気付いた。
元々、大学というのはさらなる知識やスキルを求めている人が集まる場所であるべきと僕は感じている。
「学士号があれば就活に役立つから」などという不本意で、間接的な理由で通うような場であってはいけない、と。
しかし、大学を卒業しているほうが企業も評価してくれる、というのが一般的だ。僕もこの社会の風潮には逆らえず、大学に行くことにした。大学生活は楽しかったが、やはり通っている中で違和感は感じていた。「特になにか具体的な学びを追求したいという気持ちもないのに、僕は何をしにここにいるのだろう。時間がもったいなく感じる」、と。そんな複雑な気持ちでいたのもようやく3、4年生の頃に繰り返し落単という形で影響を及ぼし始めた。在学し続けることへのこの違和感は卒業するまで辛抱、と思いながら日々を過ごしていた。だけど最終的には遅すぎるタイミングになってから、自分は大学に通うぐらいだったら早く社会に出て貢献したい、というのに気づいたのだ。留年3年目にして耐えられず自主退学を決意し、長年お世話になった大学とはひっそりとお別れを告げた。
それからしばらくは同期だったみんなが有名企業へ入社したり充実してそうな社会人生活を送っている様子を見て、僕は惨めだった。もっと早いタイミングで大学とは違う道を選んでいれば自分だって色々なことを経験できただろうにな、と。眩しすぎた同期たちとは次第に距離を置くようにまでした。人間関係をリセットすれば人生も切り替えが出来るかも、と思ったんだっけな。とにかく惨めな気持ちだった。
しかしそれもそれで辛かった。いい友達というのはそう簡単に出会えるものではないし、手放そうとしても手放してくれない笑。時間の経過に連れ、少しずつだがまだ連絡を取っていた友達に自分の状況を話せるようになった。哀れに思われたりするのを恐れていたけど、みんな優しく受け入れてくれて、僕は本当にいい出会いに恵まれてきたのだな、と感じたのを覚えている。
それからは思考をポジティブに変えるようにした。人生という道で正規ルートからは少し外れてしまったが、せいぜい回り道を取っているだけだ、と。将来なにが起きるか分からないし、今の状況が不満なら満足できる状況になるまで軌道修正をすればいいだけだ。そう思っている内に気付けば僕には彼女ができて、転職もして、その後同棲も始めた。今では入籍も終えてあと数カ月後の結婚式に向けて妻と一緒に準備を進めている、忙しいけど大変幸せな日々を送っている。
一時は道を踏み外してしまったと思っていたのが、気づけばむしろ今まで探し求めていた道を辿っていることになっていた。これにはもちろん、多少は自分がとった行動の成果の表れというのもあるだろうが、やっぱり最終的には人生なにが起こるか分からないものだと思う。
これから起こりえる出来事もポジティブに捉えれていけば、きっと大丈夫だ。