藤田(旧姓:依田)敦子さんからバトンをいただきました、1期の川村(旧姓:水谷)丹美です。

私は「天職」ということについて、お話ししようと思います。

 

私は製薬会社で「事業継続(Business continuity)」の担当として仕事をしています。今の会社に入る前は、リスクマネジメントのコンサルタントをしていました。リスクの中でも個人情報保護や情報マネジメントシステム、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)関連の仕事に携わっていました。BCPとは、大きな災害や事件が起きて事業や業務が止まってしまっても、すぐに業務を再開し、その先に待っている相手に必要な製品やサービスが提供できる体制を維持するための活動やプランそのもののことです。私はコンサルタントとして、お客様の会社の事業継続のためのプランを作ったり、BCPに携わるメンバーをトレーニングする仕事をしていました。

 

大学を卒業して最初に就職したのは出版社の広告部門でした。その後、あちこちで挫折したり壁にぶつかったり、紆余曲折の末にリスクマネジメントのコンサルタントになりましたが、始めてみると「もしかしたら、リスクマネジメントの仕事は天職なのかもしれない」と思うようになりました。そう思うようになった理由は、私の子供の頃の経験にあります。

 

私は父の転勤に伴い、小学6年生でエチオピアの首都アディスアベバに転居しました。そこで軍によるクーデターとエチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエの拘束という事態に遭い、空港や郵便局の爆破、戒厳令、夜間外出禁止令(curfew)、市民の遠方への逃亡を防ぐためのガソリン配給制、食糧・物資不足など、さまざまな事態を経験しました

 

ある夜、自宅にお客様をお迎えして、家族も含めて談笑しているところに、突然ドーンという音がしてリビングのガラスがビリビリ震えました。何が起きたのかはわかりませんでしたが、当時小学6年生だった私は自宅の近所で襲撃が起きたのではないかと思い、とっさに壁のスイッチに駆け寄って部屋の電気を消し、

「みんな、ソファーの後ろに隠れて!」

と、その場にいる大人全員に「指示」をしました。敵の標的にならないようにと思ったのです。そして驚くなかれ、大人たちは私のその言葉に従ってソファーの影に隠れて身を守ったのでした。後にこれは襲撃ではなく自宅から車で10分ほどの距離にある空港が爆破されたのだとわかりましたが、これが私の「リスクマネジメント」の原体験です。このクーデターのあと、父の会社は社員とその家族を帰国させました。しかし、父は現地法人の責任者だったので家族を帰国させるか残留させるかを選ぶことができ、私たちは家族全員が一緒にいることを選びました。今の「常識」ではありえない選択ではありますが・・・。こうして、父の会社の社員の家族でアディスアベバに残った日本人の子供は私たち兄弟だけとなりました。街に軍隊があふれて不穏な空気が漂い、スーパーマーケットに並ぶ食べ物が少なくなり、ピリピリとした緊張感の中ではありましたが、家族全員が一緒にいることの喜びと安心のほうが勝っていました。クーデターに加えて当時は治安も悪く、外国人が一人で街中を歩くのはとても危険でした。数人の男に周囲を取り囲まれて金品を脅しとられる事件も発生しており、移動には必ず車を使う、買い物をするときは店の前に車をつけて、車から店までは最短距離を歩くようにする、など細かい注意事項がありました。外にいるときは常に身構え、気を付けていなければならなかったのです。

 

このエチオピアでの3年間の経験が、リスクマネジメントに関する私の考え方のベースになっていると同時に、リスクマネジメントのコンサルティングをする際に驚くほど役に立つのです。小学6年生の頃から現在につながっていることを思うと、とても不思議な気持ちになります。そして、私はこの仕事が大好きなのです。この仕事ができることが喜びであり、特にBCPの話をしている私は、水を得た魚のようだと周りの人からよく言われます。こんなことが重なって、「天職ってこういうことを言うのかも・・・」と思っています

 

コンサルタント時代の私にとっては、お客様である会社の社員の皆さんが、いざというときに自分の身を守り、ご家族など大切な人の安全を確保できるようになること、そしてお客様の会社で事業が止まってしまうような事態が発生しても、その業務やサービスが継続できるようなしくみを作り上げることが目的でした。今は少し立場が変わって、自分が所属する会社の業務を継続させる体制を整えることが私の使命です。私の会社は医薬品の製造・販売をしており、お薬が供給できなくなることは患者さんの生命の維持に関わる大問題です。この会社がBCPをしっかり構築することは、多くの人の生命を支えることに直結しているのだと考えると、責任重大。そういいながら、目をキラキラさせて取り組んでいます。

 

1期生 川村(水谷)丹美