ICU高校にエッセイを提出するのは、たぶんこれが人生で最後だろう。
現代文で尊厳死について。英語のWritingではピカソの奔放な生涯について。公民では横田米軍基地の問題。高校時代、エッセイやレポートを何本書いただろうか。
一見目立たないものが一番心に残ることがある。
私にとっては高校1年のときに書いた化学のレポートだ。
中山先生がある日、くじ引きの箱のようなものを持って授業に現れた。くじ1枚ずつに異なる元素の名前が書いてある。自分が引いた元素について調べてレポートを書くのである。
私が引いたのは「テルル」だった。
元素名って、ちょっとは聞いたことあるものかと思っていた。ウランとか、炭素とかさ。地球上には知らないモノがいっぱいあるんだな。
――はじめまして、テルル。あなた、誰?
高校の図書館と町の小さな図書館は早々に見切った。
都立図書館が立川駅の近くにあった。その図書館は移転して、今はもうそこにない。
私以外に子どものいない静謐で鄙びた空間を、今も覚えている。閉館前に毎日のように駆け込み、資料を検索し、閉架図書を請求し、複写を申請した。
テルルは結晶がらせん構造で、同位体が無数にあるのである。なんだそれ。「同位体」も調べたがピンと来なかった。仕方ない。生成AIはおろか、インターネットもなかったのだ。
提出日直前の授業で中山先生は「期限までに提出できない人は1週間延ばします。その代わり成績も1グレード落とします」と言われた。交渉によって締め切りが延びる、リスクは自分で取ればいい、という世界は、日本の閉じた郊外で育った15歳にとって新しかった。私は即、取引に乗った。
1週間、また静かな図書館に通い詰めた。新しいことは何もわからなかった。
「取引に失敗した」と悔やみつつ提出したレポートは、後日、Aの成績がついて返ってきた。
え、先生どうしたの?もしかして変な元素を当てた私への憐憫ですか??
今になればわかる。
後進の人々が死に物狂いで何かをしたときに、先達にはその痕跡が見えるのだ。
素晴らしいレポートなんか、はなから期待されていなかった。正解のありかがわからない問題に食らいつき、自分のわからなさに正直に向き合いさえすればよかったのだ。まだわからないからもう少し待ってくださいと、正面から言えばそれでよかったのである。
でも・・・。あのレポートにAがついたのは本当に、「テルルなんかをくじに入れてゴメン!」って先生は思ったのかもね。真相は闇の中。
私以外の人が「テルル」と言うのを聞いたのはたった一度、東日本大震災の直後のTVニュースだった。福島第一原発から放出された放射性物質のなかに、ヨウ素やセシウムと並んでテルルもあった。あいつ、毒性があったのか。
今日、生成AIに聞いてみた。「テルルという元素についてわかりやすく100文字程度でまとめてください。」
回答:「テルル(元素記号 Te、原子番号 52)は、金属と非金属の両方の性質を持つ「亜金属(半金属)」です。主に電子部品や太陽光パネルの素材、鋼鉄の加工性を高める添加剤として利用される、現代技術に欠かせないレアメタルです。」
最初にここまで当たりがついていれば、もっと楽にレポートが書けたはずだ。いい時代になったものだ。
高校を卒業するとき、「何もしなかった3年間だったな」と思った。意気地がなく、思い切って何かに挑戦したり成し遂げたりしたことがなかった。でも、それでよかったのだ。まだ何者かになる必要なんかなかったのだから。
今、高校時代を振り返って私の目に見えるのは、正解がない問題にどう相対するかをポンと自分自身にゆだねられ、手探りでなんとか進もうとする、大人になりかけの子どもたちだ。その姿は輝いている。3年間でできることは少ない。でも礎はそこにある。
自由とは責任でもある。15歳でそれを知った。「自分で考え、自分で決める」ということに常にプライオリティを置いてくれたICU高校に、心から感謝している。
でも、もし次にエッセイの課題が出たら・・・まず生成AIに相談します!あ、もうないんだった。
ゆだねられた世界を手探りで勇敢に進み、(本当はあの頃大変だったのに)楽しそうにしか見えなかった、尊敬する盟友の庄司佳代ちゃんにバトンを渡します。
