私は物持ちが良い方だ、と思う。決して整理がよいわけではなく、実家がそのままである、ということに拠るところが大きいのだが、さほどひっくり返さずとも高校時代の痕跡が出てくる、出てくる。写真や寄せ書きのような、いわゆる思い出の品の類ではない。主に紙類、プリントである。クリスチャンウィークの行程表、金澤氏編-夏休みの必読・必見・必聴アイテムリスト、周の初回授業「蚤とカオス」の図が書かれたルーズリーフ、お願いだから落とさずL2に置いてほしいと嘆願メモが書かれた数学のテスト(16点)、キリガイのテストとありまんへの手紙(何でここにあるんだ?)などなど。私は日記というものを書かないが、こうした紙類が自分にとっての日記替わりの記録となっている。この習性は現在に至るまであまり変わらない。
 ところでプリント類といえば、FORUM(後にOPINION FORUM)と題されたミニコミ誌のようなものが、職員室前の廊下の掲示板にそっと置かれていたのを覚えておられるだろうか。私はこのFORUMの愛読者であった。それは私の記憶のなかでは、明るくのびやかで屈託のないICUHSの雰囲気とは一線を画し、パンクでアナーキーでアングラな匂いを放っていた。いや、そういうものも高校の中にたくさんあったのだろうけれど、私はFORUMをこっそり一枚とることを大人びた行為と捉えるような、紛れもない子どもだったのだ。そしてそのFORUMのいくつかの記事は、私に何らかの、小さくはない影響を及ぼしたと思う。その記事はたいてい「教員」によって書かれていた。でもその中では教員は「先生」ではなく、一人の大人として立ち現れていた。そして、記事は言っていた、「お前らは子どもだ、子どもだ・・」。そして未熟で生意気な子どもたちを日々相手にしてひるみ、たじろぎ、あるいは蹴飛ばして我が道を行く大人の立ち居振る舞いがしっかり活字として刻まれている。私がそれを読んで感じたのは自由だった。学校という制度の中でもがき反逆している大人を見て、私は自由を感じた。

その内容はといえば、こんな感じである。

・高校生が「いい思い出作ろう」と言うのが「じじくせーばばくせー」から嫌いだと斬り捨てるN
・「学校」における成績評価をめぐって「よい子」のICU生に対して感じた違和感を膨大な字数で吐露するK
・ICU高校でのさばるのはお嬢様と帰国生(=英語=アメリカ文化圏)と標準語であると指摘し、そのマジョリティ性に当の高校生が文化祭のコントで逆襲したことに喝采するI
・自分の本当の名前を打ち明けながら「日本人性」を疑ってみることを訴えたV
・そして幾度となく差し挟まれるマニアックなプロレス観戦記事・・・。

 繰り返しになるが、こうした過激な記事は私に高校卒業後に至るまで少なからぬ影響を与え、脳裏に住み着いている。ただ、記憶を頼りにエッセーを書くのも心もとなく、先日実家に行ったときに現物を見返してみた。意外なことに、それは「キリスト教活動委員会」の広報誌であった。なんだ、普通に公式じゃないか。私が勝手にパンクでアナーキーなミニコミ誌という色眼鏡をかけていたのかもしれない。このFORUMに原稿を寄稿していた希少な在校生、マトバに聞いてみようかと思う。
(N先生、バックナンバーあったら欲しいです。)