幽霊を見ることがある。

街の雑踏で、いつもの本屋で、夕暮れの川沿いで、バスの停留所で。それは突然現れる。その気配には見覚えがある。若くてエネルギッシュ、自信がありそうなのに不安そうな幽霊。そしてふと気が付く。これは記憶の中の思い出だ。今の自分が呼び起こしたかつての自分の幻だ。

この秋、卒業30年を迎えた15期生が久しぶりの同窓会でICU高校に参集した。懐かしいキャンパスを訪れたその道すがら、僕はたくさんの幽霊を見たのだった。

暑すぎる夏の朝、鬱蒼とした森をピカピカの自転車に乗って走る16歳の幽霊。あ、ワタナベだ、おはよう。バトンをありがとう。これ朝礼間に合うのかな。この自転車って卒業したらどうするのかな。誰かにあげる?誰に?あとこないだくれた岡村靖幸のカセット「家庭教師」最高だった。なんでスリーブ書くのそんなに上手いの。

夕暮れの新小金井駅、改札近く。いつもいる野良猫に触ったら目が腫れた。猫アレルギーなのだと気が付いた。ロック部のスタジオ練習が終わってギターをかついだコバちゃんとじゃれあっていると、向かいの是政行のホームには器楽部でサックスの隼人が立っている。意味なく大声で呼びかけてみたけれど、隼人は笑うだけで答えてくれない。駅近くの自転車置き場の前には「いやらしい人が出ます」という注意書きがある。「なんたるパワーワード」と17歳の幽霊は釘付けになっている。

吉祥寺駅北口。シェーキーズの地下に降りていく18歳の幽霊。食べ放題の看板をまっすぐな目で見てる。井の頭公園まで足を伸ばすと、大道芸の呼び声、ブランコがスウィング、池で跳ねる魚の音。そこかしこのゴミ箱付近には「ここで死体の一部が見つかりました。何か目撃した方は…」の立て看板。いつの間にかあたりは真っ暗。まずい…迷ったのか?花見客の喧噪に誘われるように奥へと進み、宵町草の灯りが見えた頃、井の頭公園駅に到着した。汗ぐっしょり。ほっとした幽霊、名残惜しそうに改札をくぐった。

和歌水を横目に見ながら井の頭動物園に向かう30代の幽霊。象のハナコを撮影するのは2回目か。慣れ親しんだ街に仕事で来られてちょっと嬉しそう。吉祥寺を舞台にした漫画「グーグーだって猫である」、その原作者の大島弓子さんは実際にこの街に住みながら作品を描いていたそう。吉祥寺が世界の全て、宇宙の全てのように描かれ、夢も現実も過去も未来も現在も等距離に描く、新しくて懐かしいその感覚…草むらから猫が呼ぶ声がした。

目が覚めると、2025年10月4日。ICU高校の学食だった。土曜の授業が終わって楽しそうにたむろする現役高校生を遠くから眺める、48歳のおじさんがポツンと立っていた。

そうだ、これから同窓会が始まるのだ。70人余の同級生がやってきては口々に「久しぶり」とか「顔だけ知ってたけど、今日初めてちゃんと話すよね」とか言い合う。二次会は代々木のレストランで乾杯とバンド演奏とざわめきが連なる。記憶と感覚が行き来して混ざり合う不思議な夜だった。

翻って今日。仕事も家庭も自分自身も次のステージに入った50手前。「複雑すぎる人生ゲーム」と呟いたら同級生が「それな」と言った。

今この瞬間の俺も幽霊なのか?この際それはどうでもいい。それより、お腹が空いてきた。幽霊、お酒も飲みたい。もしもし松木、バトン持ってくけど今どこ市ヶ谷?グアテマラ?つくば?あ、高知ね。じゃあ、ひろめ市場で鰹のたたきで焼酎飲みたい。いつにする?OKよろしく楽しみにしてるよ。またね、バイバイ。