ICUHSという「大地」
高校時代はたった3年。私はすでにその10倍の時間を生きている。
この、たったの3年が今でも私の中に大きく根付いている。
3年前の出来事を忘れていることもしばしばある現在の私であったとしても、ICUHSの3年間の濃厚な瞬間の地層は消えない。
今でも鮮明に覚えている。
ICUHSに入学した後に救われた気持ちになったことを。
大きく深呼吸できるようになった開放感を。
私は一般入学の人間だ。
中学まで日本の学校に通い、それなりに楽しく過ごしていたと思ったのだが、どこかで窮屈さを感じていた。くだらない話に盛り上がらなければならない、派手な服を着ているとセンパイが校舎裏に来いという、わかりやすい日本の縮図が当たり前だと思っていた。
だが、ここに来ると違う。
みんなが違うバックグラウンドで、英語が上手い子もいれば、フランス語が上手い子もいる。音楽が得意な子もいれば、数学が得意な子もいる。日本語よりも英語が楽という同じ年の子にはじめて遭遇し、友達同士が英語だけで話をしているのを聞いたときの衝撃を今でも鮮明に記憶に残っている。
そうなのだ、ICUHSの記憶は鮮やかなのだ。
入学式で生徒会長の3年生に大人びた印象を受けたが、同じ人物が、RockOnになると同じ先輩が髪の毛振り乱して楽器を奏でている。
「偽善者」という言葉を聖書で学び、授業の後には「俺 / 私、偽善者かもしれない・・」と授業の学びをみんなで語り合う。
語り始めればキリがない、あの顔もこのシーンも鮮明に浮かんでくる。
しかも記憶が鮮やかなのが自分だけではなく、同級生・先輩後輩、何十年も経って再会しても同じ感覚で、やさしい気持ちで接することができるのだ。本音で本気で向き合った3年間を過ごしたからだろう。もちろん悲しい思いや「自分だけどうしてできないんだろう」と比較して落ち込むこともあったが、その個々人の悩みや喜びもみんなで共有しあえる包容力がそこにはあった。
もしも、ICUHSという大地がもっともっと多くの人々を受け入れられるのであれば、我々人間はもっともっとモチベーション高く、大きなことにみんなで挑戦する世界を作ることができるかもしれない。飛躍した発想と思われるかもしれないが、それほど豊かな土壌を有するのがICUHSなのだ。
そして、ICUHS卒業生は一人ひとりがその土壌を引き継ぎ社会で生きている。
ICUHSの大地の恵みを、一人でも多くの方に分け与えることができれば幸いである。
最後に。
須藤格ちゃんから引き継ぎ、
遠藤楽子ちゃんへ、このバトンを渡せる今でも繋がっていることがとても嬉しい。
西村 真里子(ICUHS 14期)