ICU高校は私にとって刺激的で、でも家のようにホッとする特別な場所だった。今でもあの頃を思うと、才能豊かで個性的な同級生との日々が眩しく蘇る。

 私は小学校時代、ドイツの日本人学校に通い、帰国後は公立の中学校に通った。中学の3年間は学校になじめず、暗く鬱々としていた。空を見上げては、“いつかあの飛行機に乗って遠くの国へ行き、英語を流暢に操りカッコよく生きよう”と胸に誓った。そんな時、ICUの存在を知った。キャンパスに行くとそこは別世界。ヨーロッパの公園のような雰囲気で、絶対にここに来たいと思った。何とか入ることができ、家が遠かったので寮生活をすることになった。

 入学すると、個性的でキラキラ輝く周りの子に圧倒された。でも同時に「なんて息がしやすいんだろう」と思った。水に放たれた魚のような気分だった。バックグラウンドが違うから、同じような子はいないし同じに見せる必要もない。中学では周りに合わせなければと必死だったが、いつの間にか気にしなくなっていた。

 寮は相部屋で、お風呂も洗面所も共用。プライベートな空間は2段ベッドの下で手作りカーテンを上からつるした中だけだった。夕飯は確か17時半、門限が19時半で帰ると掃除。自由はなくても寮に帰れば友達がいるし、とにかく楽しかった。試験期間中に寮母さんが作ってくれた豚汁の美味しさと愛情は忘れられない。
 いろいろな子がぶつかることもなく、認め合って生活できたのはやはりICUだと思う。今思うと、中学を卒業したばかりの私たちが親元を離れ、たくましく生きていた。バトンをくれた高柳星歌ちゃんも元ルームメイトだ。星歌ちゃんはあの頃から賢く落ち着いていて、いつも穏やかだった。規則正しく早起きして勉強している姿がカッコよくて、真似してみたりした。朝が苦手な私はすぐに挫折したが…。多感な時期に寝食を共にした寮の友人は、何年経ってもあの頃に戻れる大切な存在だ。

 大学は、英語を勉強したくてICUに進学した。ELPを受け、交換留学も行く気満々だった。カナダに留学しようと、先に提携校に2カ月行ってみたほど前のめりだった。しかしそこで猛烈なホームシックになってしまった。たった2カ月なのに日本が恋しくて仕方ない。そのまま交換留学の勇気を失い、私の英語ペラペラ計画はあっけなく終了した。

 だが異国の地でも、韓国の子といる時はホームにいる気持ちになれた。そして韓国語の響きに魅せられて、話してみたいと思うようになった。こんなに遠い国に来て、一番近い国のことを知らなかったと気付かされた。そして大学3年生の時、突如ひらめいた。「そうだ、韓国に行こう」。

 そこからの私はものすごい勢いで韓国留学へと突き進んだ。前世は韓国人だったかもしれないと思うほど、現地に暮らしてみたくなった。何としても行かねばという謎の使命感を背負い、大学4年生の時に延世大学に留学した。
 韓国での1年間は、人生で最も濃く充実した1年だった。韓国は私を温かく、積極的に巻き込み受け入れてくれた。下宿に入り、どの留学生よりも現地の学生と関わっていたと思う。最高の留学生活だった。

 そんな留学を終え日本のメーカーに7年間勤めたが、何年経ってもしっくりこず結婚を機に退職した。ぼんやり過ごしていたある日、大学時代の韓国語の先生から「字幕翻訳講座」の連絡があった。興味本位で参加したが、韓国語を日本語に訳す作業が新鮮で楽しく、これが私の進む道かもしれないと思った。

 その講座が縁となり、今は韓日の映像翻訳をしている。ドラマや映画に字幕を付けたり吹替台本を作る仕事だ。洋画を観る時に大抵の人は感じたことがあると思う。「言っていることと字幕、違うんじゃない?」と。私もそう思っていた。その理由は字数制限だ。日本語の字幕は1秒に約4文字という決まりがある。脳が処理できる文字数が1秒4文字前後らしい。だから毎日、言葉を凝縮する作業に頭を悩ませている。あんなに外国語を勉強したのに、今は日本語が一番難しい。
 さらに、翻訳は博識でないといけない。物語にはあらゆる専門家が登場する。弁護士だったり医師だったり、ヤクザも出てくる。汚い言葉のバリエーションも必要だし、時代劇だったら歴史にも詳しくないといけない。なぜもっと教養を深めなかったのか悔やまれるが、知識や世界が広がるいい機会だ。

 現在私は8歳と2歳の娘がいて、ICUの近くに住んでいる。ICUのキャンパスや周りの雰囲気が好きで、いつか戻りたいと思っていたから週末に緑豊かな野川公園に遊びに行けることが嬉しい。
 最近娘に、「ママは戻れるとしたらいつに戻りたい?」と聞かれた。私は「高校生に戻りたいな」と答えた。もう一度、あの刺激的で自由なICU高校に戻ってもっと謳歌できればと思う。

 次は、髙橋雄宇くんにバトンを渡したい。髙橋君は数学の授業の時、先生と高度な数学談義をしていて、私には到底理解できず2人のやりとりに感動した記憶がある。エネルギーに満ちた髙橋君の人生ストーリーが楽しみだ。よろしくね!