「幸せ」。今の自分の心の状態を表すなら、この一言に尽きます。健康で、誰と生き方を比較するでもなく、やりたくない事をやらずに、作曲や自営など、やりたい事のみをやっている日々は、心の底から幸せです。
ただ昔からこうであった訳ではなく、転機があった訳ですが、自分の魂の根底にある大切なものは、高校時代に大いに育まれた気はします。月並みな言い方ですが、自由な校風。悪さをしても、母の様に温かく包んでくれた我が母校、先生方、友人達には、感謝しかありません。ここでは書けない様な悪さも、沢山しました。その事によって、人を傷つけた事も多々あったと思います。その頃の事を思い出すと胸が痛いのですが、そう言った事も含めての高校時代、自分の人生。ツケは後に自分で払う事になる訳ですが、当時は自分自身、甘い汁を吸っている、と、どこか思っていた気がします。
そんな僕にも、高校卒業の時が、否が応にもやって来ました。
何とか大学に入れ、社会に出る訳ですが、会社は学生時代の様に甘くはありません。長年の会社員生活での無理の蓄積から、37歳の時、双極性障害からの悪性症候群を発病し、大阪の精神病院にて死の淵を彷徨いました。意識はあまり無く、多臓器不全となり、とうとう今夜が山と言われた日、高校時代の仲間達が東京から駆け付けてくれました。ぼんやりと皆の顔を見、言葉を聞き、とてつもないパワー、エネルギーを貰い、山を越え、その数日後のクリスマスイブに、意識を取り戻しました。
後に、生存率は15%ほどだったと聞きました。入院中、総勢、50人もの方々が、日本全国から駆け付けてくれました。皆様が居なければ、私は今、この文章を書いていません。
それからリハビリ等を経て今に至る訳ですが、病気発症以前と以後は、大きく変わった点があります。それは、「人の目を気にしない、人と自分を比較しない」と言う事。幸せは、誰かから見ての幸せじゃなくて、「自分の幸せは、自分の心が決める」、と言う事だと思います。その事に気付かせてくれた仲間達に出逢えた国際基督教大学高等学校は、僕の人生に、なくてはならないものです。僕ならば、こう書いてもいいかなと。「49歳、僕が今、幸せに生きていられてるのは、みんなのおかげです。」
「宝探しをやめた夕暮れ」
戯言の日々 寝ぼけ眼の果てに
宝探しを やめた夕暮れ
霙交じりの 空しか見えぬ猫
言うは易しの 淡い井の中
目では追えぬ 間仕切りの雲
ぐしゃぐしゃの札さえ 離せずにいた
誰かが言った 世界の果てを
見てきたけれど 探したけれど
ベイトありきの 牙を抜かれたポチ
芽吹き間近の 花を尻目に
戯言の日々 寝ぼけ眼の果てに
宝探しを やめた夕暮れ
見つけた夕暮れ
作詞 大橋賢侍
作曲 大橋賢侍