高校時代の友人は、今も私の親友だ。
ただし、私が彼らを選んだというより、彼らが私を“見捨てなかった”という方が正しい。

気がつけば、私の一番の親友は高校時代から変わっていなかった。
当時は、そんな未来が待っているとは思いもしなかったけれど。

高校を卒業してからの私は、決して高校時代をまったく振り返らずに過ごしてきたわけではない。あの頃からそのまま続いていた友人関係もあったし、高校生活は過去として完全に切り離されていたわけではなかった。ただ、社会に出てからの毎日は新しく、忙しく、目の前のことに夢中で、高校時代をあらためて思い返すことは多くなかったように思う。

ICU高校は、自由奔放で、個性の濃さだけは誰にも負けない仲間たちが集まっている学校だった。だからこそ、あの頃から今まで続いているのだと思う。私を含めて、誰もが自分のままでいられる関係だったからだ。その事実を、若い頃の私はきっと特別なことだとは思っていなかった。

高校時代の三年間を振り返ると、今では「ああ、楽しかった!」と一言でまとめられる。しかし当時は、何の悩みもなく過ごしていたわけではなかったはずだ。勉強、部活、人間関係のことや、将来への不安など、確かに思い悩むことはあったと思う。ただ不思議なことに、今それを具体的に思い出そうとしても、はっきりと浮かんでこない。たぶん私の悩みは「思い出すほどの事件」ではなく、「その日の天気くらいの軽さ」だったのだろう。

卒業後、私たちが常に連絡を取り合ってきたわけでもない。それぞれの生活があり、仕事や家庭に追われ、自然と距離ができた時期もあった。それでも再び会えば、空白の時間を埋める必要はなかった。話し始めれば、何事もなかったかのように、いつもの関係に戻ることができた。

今も友人たちと過ごす時間の中で、ふと高校時代の自分たちの姿が重なることがある。笑い合う空気、日本語と英語が混ざった会話、言葉を交わす間合いは、あの頃と大きく変わっていないのかもしれない。高校時代の三年間は短かったが、そこで生まれた友情は、今も静かに続いている。

その価値に気づいたのは、ずっと先になってからだった。
高校時代は、ただ懐かしむための過去ではなく、今の私を支え続けている時間だったのだと思う。そう感じられるようになった今、私はようやくあの三年間を、心から「楽しかった」と言えるのだろう。
もちろん私がそう言えるのは、友人たちが見捨てないでいてくれたからだ。
ありがとう!